アトランティス・ゲート Frist[1]蒼波時は世界終末核戦争。戦争が始まってまた1週間もたっていないが、世界中のいたるところが瓦礫となり始めていた。軍事基地のみに使用された核ミサイルが市街地に向けて発射されるのは時間の問題だった。 アメリカ陸海空軍は持ち前の最新鋭の衛星とレーダー・システムをつかってロシアのミサイルが発射された瞬間に探知し、すぐさま報復攻撃を開始した。CIAからの情報を元に各部隊の移動が戦争前には始まっていた。つまり戦争をとめようとする手段が失われてしまったということだ。 それでもアメリカ各地できのこ雲が立ち上り放射能などの影響もあってか数百万人の死者がでていた。 アメリカ海軍攻撃型原子力潜水艦<ノーフォーク>は特殊部隊「シールズ」の隊員を乗せてロシアの沿岸部に接近している最中だった。ドレッド・ジョーンズ艦長率いる<ノーフォーク>はすでに1隻の敵潜水艦を沈めており乗員(クルー)たちも士気が高ぶっていた。 今回の任務は「狩り」ではなく「輸送」。沿岸部に接近するのには危険がともなうが、ドレッドは必ず任務を成功させる自信があった。なにせ戦争に勝ったらクルーに酒を好きなだけ飲ませてやると約束してしまったからだ。 ドレッドは58歳でありながらも、潜水艦の指揮に関しては海軍で1、2を争う名将だった。揺ぎ無いグリーンの瞳に見つれられたものは自然と敬意を評してしまう。彼の命令には絶対に従わなければならない威圧感と自信にみちあふれていた。 「スペンサー、陸のほうはどうなってるのか知っているか?」 副艦長のスペンサーが答えた。 「アイスランド基地が陥落したそうです。出港したときには。ですがすぐに奪回作戦が練られているようですよ」 「地上では今も何百万の人間が焼けているというのか・・・」 「そうです、ですが今のわれわれの任務はシールズを上陸させることです、艦長」 「うむ・・・」 突如、艦内がゆれ始めた。遠くから轟音のようなものが聞こえるが揺れが激しすぎてよくわからない。ドレッドは床にたたきつけられた。意識を失ってはならない・・・・。 まるでエレベーターで上下に高速で激しく揺さぶられているかのような揺れが襲ってきた。 ドレッドは一瞬中に浮き床にたたきつけられる。それは永遠に続くかのように思えた・・・。 気がつくと、砂浜に横たわっていた。灼熱の太陽が体を照りつける。 だが、気温はそれほど高くなさそうだ。目を覚ましてからしばらくして力を振り絞り立ち上がった。 見渡すと右に4人、人が倒れていた。2人は迷彩服を着ている―「シールズ」の隊員だ。 あと二人はソナー員のリードと料理長のキープだった。 目の前には森林が広がっている。だが、とりあえずここがどこか判断しなければならない。 そのとき、草むらが動いた。 (2)黒蜜 草むらから出てきたのは犬だった。大きな犬だ。が、何か様子がおかしい。口から涎をたらし、時々痙攣しながらこちらに歩いてきた。狂犬病に感染しているのだとすぐにわかった。 狂犬病にかかっているのなら噛まれる訳には行かない。そして、後ろの4人もかませるわけにはいかない。狂犬病にはろくな治療法がなく、唯一のワクチンを時間をかけて大量に接種するという治療法もよっぽど設備が整っている場所でないと逆に死を早めてしまう。これはなんとしてでも感染を防がなければならない。 彼は怖くて仕方がなかった。自分の今立っている大地がどこの国の領土かもわからず、いつまた核爆発が起こるかもわからない。しかも目の前には狂犬病にかかった犬がいる。こんな状況を怖がらずにいろというのが間違っている。しかし、彼は軍人だった。自分の命に代えてでも国民を守り抜くのが仕事だ。しかも今後ろにいるのは自分の部下たちだ。今ここで彼らを失うわけにはいかなかった。逃げたいという動物的な本能に逆らって彼は身構えた。 ここで鉄砲で撃ってしまえばいいのだが、彼は今そんなものは持ち合わせていなかった。一応持っていたのだが、潜水艦に入るときに武器類は全て預けなければならなかった。 彼は少し考えた結果、後ろ側に回って頭を殴って気絶させることにした。狂犬病にかかった哺乳類は神経機能が低下するため、早く走ることができないのだ。 徐々に間合いをつめつつ、犬の後ろに回る。すると突然犬が走り出した。こちらに向かって、普通の犬ほどの速さで走ってくる。 「くっ!」口からそんな声が漏れる。 ぎりぎりのところでよけ、それと同時に犬の首に裏拳を入れた。犬はピクピクッと動いて気絶した。彼は犬に近づき、口輪と足輪をはめてから、唾液を採取した。今の犬の動きは明らかにおかしかった。素早過ぎだ。 そんな事を考えてる暇はない。浜辺にいる4人の状態を確認しないと。最初に確認した船員が彼の腕の中で目を覚ました。 「ん、んん・・・」 [3]麻偽 料理長のキープは苦しそうに頭を上げようとした。 「キープ!!」 彼の目はぼんやりとドレッドの姿を確認する。次に、耳は彼の喜びの混じった大声でドレッドのことを確認した。最後に目の焦点があって、くっきりと彼の姿を映しだすことに成功した。 「艦長。」 大声を出したキープは、その時にひどい頭痛を感じた。おそらく、精一杯の声が微かだった痛みを増長させたのだろう。慌てて、頭を抱える。大丈夫か!!というドレッドの声も、むしろ彼の痛みをさらにひどくしていった。 しばらくして、ようやく痛みも治まった。キープはそのことを小声でドレッドに伝える。そして、頭痛の原因を考えた。痛むせいで、あまりすんなりとは回らない頭を少し回転させると、潜水艦に打ちつけられたという答え候補の一つを発見した。確かな記憶ではないが、ひどい揺れがあって、その直後に意識を失ったようなそんな気がしたからだ。 そして、目の前に広がる海を見て気付いた。潜水艦がない。 [4]蒼波 ドレッドは特殊部隊員の一人の体を調べ彼がケネス・リンカーンであることを知った。 彼にはまだ脈があったが意識はない。料理員のキープとケネス以外はすでに脈がなかった。 「ここはどこなんでしょうか。潜水艦から放り出されるなんてありえませんし」キープが頭を抱えながら訪ねた。 「うむ・・・とりあえずケネスが起きない限りはここを動かないほうがいい」 「ロシアの気候とは思えませんね。まさか太平洋を南下してオーストラリアに着いたわけではないでしょうね」 「すべてが異常すぎる。まるで突然ワープしたみたいだな・・・」 ドレッドは密林に近づいてみた。鳥の鳴き声が聞こえる。向こうのほうには広大な山がそびえていた。こんなところは今まで見たことがない。 そこにキープが小走りでやってきた。 「無線類は全部だめです。どうやらここから脱出するしかないようですね」 そのときケネスがフラフラしながらこちら側に歩いてきた。 「あなたは・・・艦長のジョーンズ大佐。私はシールズA中隊のケネス・P・リンカーンです」 「ああ、知ってる。目が覚めて何よりだ」 「ところでここはどこなんです?まるでバカンスができそうな場所じゃないですか」 「まったくわからん。潜水艦もないし、のこったのは私とキープと君だけだ」 キープが叫んだ。 「あっ!あそこで煙が上がってます!」 [5]黒蜜 「とりあえず煙が上がっているほうへいきませんか?」料理長のキープが言う。 「いや、煙が上がっているのは危険である確率が高い。知らない場所でむやみやたらと動き回るのは死に直結する。それに・・・」そういって2つの死体を見つめた。 「こいつらをほっぽって行くのもかわいそうだしな。」 さすがだ。こんな状況下でも適切な判断を下している。みんなが言うことを聞くのも頷ける。 3人は2つの死体を海に流した。これもドレッドの提案で、海岸は陸風と海風が交互に拭き、さらに砂浜の砂は風に飛ばされやすいため、埋葬するのは避けた。もし死体が見つかったら着ている制服でどこの軍のものかわかってしまうので、一番わかりにくい手段として海に流した。 「とりあえずここがどこの国の陸地であるか、調べる必要がある。とりあえずはこの3人で行動するが、さっきも言ったようにむやみやたらと動き回るのはかなりのリスクが付きまとう。とりあえず海岸沿いを歩いていこう。ただし、砂浜を歩くのは上空から見つかる可能性があるからこの森を通っていこう。」 「は、はい!」2人は少し圧倒されながら答えた。 「おっと、そうだった。先ほど気の狂った犬に教われてなあ。」口と足を縛られて伸びている犬を見て言った。 「ええっ!?」軍として訓練を受けているケネスはともかくキープなんて料理をするためだけに乗せられたようなものだからあんな犬と戦えるわけがない。 「だからこいつをつけておけ。」そういって胸ポケットから板のようなものを取り出した。 「隊長、これは・・・・?」 「ああ、これは「手甲」といってな。アジアで作られたらしいんだが、聞き手をカバーしてくれると同時にものを殴ったときにメリケンサックと同じような働きになるんだ。優れものなんだが、ちょっと動きずらくてな。俺はつけてないんだ。キープ、これをつけろ。」手甲をキープに渡す。 「そう、それを中指に通して、ここで止める。よし、できた。」ついさっきまで鍋を握っていたキープの手に、鋼鉄の手甲がはめられた。 「さて、行くか。」 「はいっ!」 [6]麻偽 立ち込める煙の下に彼女はいた。彼女はひたすら涙を流す。その涙は、悲しみの意ともう一つ、絶望の意を持っていた。 「君にはもう頼れる人はいないんだよ。」 そう聞こえた気がして、ふっと耳を澄ます。しかし、聞こえるのは、神父の唱える理解し難い言葉だけであった。 ドレッドらは、最終的に煙の上がっている方に進むことにした。安全性なども考えた、しかし潜水艦が無くなったということは、同時に食料もなくなったということを意味する。このまま立ち止まっているということは、守りでもあり、死に近づくことでもあるのだ。 そうして、彼らは煙の上がる野原まで来た。草むらの茂みからそこにいる人々を確認すると、茶色の肌の民族だということが分かった。言語は…よく聞き取れないが、神父らしき人がお祈りを唱えているところをみると、キリスト教徒らしき感じがする。これは何かの儀式だろうか?そして、一人の少女がひたすら泣き続けていた。 その少女は、他の人々よりちょっと薄めの茶色の肌に見える。しかし、じっくり見ると、肌の色は他の人と変わらないことが分かる。ただ、彼女の髪がその中でずば抜けて黒いため、相対的に肌は薄く見えるのだ。年齢は16~20といったところであろう。瞳は青色。この色は、周りの人とあまり変わらない。ただ、周りの人の目が小さすぎるためか、彼女の目は非常に大きく見える。鼻はそれほど高くない。でも、その顔は多くの人からの好感を受けるのであろう。それほど、整っていた。ドレッドだって、少年の頃なら一目惚れしてしまっていたかも知れない。 どれほど経っただろう、彼らは何もすることなく、ただ彼女らを見ていた。いつしか、火は小さくなり、神父が何も言わなくなり、少女を残して誰もが去っていき、火は完全に消えた。濁った空気から、煙がどんどん去っていき、やがて空気は田舎のようなキレイな空気となっていった。温度が少しずつ下がっていき、強い風が吹くと、無数の灰がどこかへ飛ばされ、やがてそこで儀式が行われていたという痕跡はほとんどなくなった。 それだけ時間が経っても、彼女はどこにも行かず、何もせず、ただそこにいた。まるで、その野原の一部であるかのようにそこにいた。そして、また彼らもそこにいた。野原の茂みの陰から彼女をただ見ていた。 そこにいる人々は、まるで芸術作品のように静寂を保っていた。しかし、そこにあるのが生物である以上、それは必ずいつしか変化がもたらされる。 キープが疲れからか、体勢を崩した。そこから、再びその場所は時が流れ始めた。 最初に動いたのは少女の耳であった。彼女の小さな耳は、まるでウサギのようにぴくっと動き、彼らの方向へ神経を集中させた。 次に動いたのは、ドレッドであった。茂みから出て、少女の方へ歩いていった。二人は彼の行動に戸惑いながらも、そっと彼に着いていった。 そこまでは視覚的な変化だった。続いて、聴覚的な変化が加えられる。 "Who are you?"(あなた達は誰?) 彼女の発したそれは、なまりの強い英語であった。アクセントの位置がひどく、真剣にならないと意味を捉えられないような代物であった。それでも、ドレッドはそれを聞き取り、自分と仲間の名前を名乗った。ただし、自分たちが軍隊であることは隠して。 「私はオリビア。」 「そうか、いい名前だな。」 「この名前はね、父が付けてくれたの。だけど、昨日、その父が…。」 そこでオリビアは話すのを中断する。今にも泣きそうに見えた、しかしもう涙は果てていたようだった。 「犬に殺されたの。」 ドッレドはキープ、ケネスを一度ずつ見て、再び彼女に目線を戻した。 「凶暴化した犬がね、お父さんの首をね…。」 「もう話さなくていいよ。」 ドレッドは優しく言う。彼女はそのまま黙り込んだ。 キープとケネスは普段通りのドレッドに尊敬の眼差しを向けていた。だが、ドレッドの理論的な思考は混乱し、今にも壊れそうだった。ここはどこなんだ?黒人、キリスト教、英語、犬、それらは全てアメリカにあって何も不思議でないものであった。しかし、こうも黒人ばかりが集まっているのはおかしいし、土葬ではなく火葬であるという点では、キリスト教なのかもあやしい。英語だって、アメリカの普通教育を受けているのにはおかしいほどなまっているし、犬のあんな病気は聞いた事がない。 ードレッドの考える能力は、現在故障中です。別の能力をご使用ください。ー ドレッドはその貼り紙にしたがい、考えの不要な質問を選んだ。 「で、ここは一体どこなんだい?」 オリビアはドレッドの目を覗きこんだ。 「ここの人はね、土地に名前を付けないの。」 彼女は笑って言った。ドレッドの能力の故障はその一言で解消した。ここは、とにかくアメリカではない。彼女はさらに続ける。 「ここは資源が豊かで、この土地を離れる必要もない。それに、ここの人って基本頭が悪いから。土地に名前を付けないし、付ける必要もないし、付けるほどの知能を持たないの。」 それでも、彼女の言葉は知的を帯びているように聞こえる。 「でも、他の民族はここをこう呼ぶの。」 "Place of death" (死の土地) 彼女の言ったその言葉は、今までのなまりが嘘のようにはっきりと発せられた。そして、ドレッドら三人は絶望と同時に不安に陥る。 ー自分は本当に生きているのかー [7]蒼波 そこは山間ののどかな村だった。野菜を栽培する畑や家畜の飼育、木製の家・・・。 オリビアに先導された3人は村の端まで連れて行かれた。途中彼らを見た村人が興味津々で3人の訪問者を眺めましたりしていた。 彼らが疑問に思っていたのは村人たちの警戒心の薄さだ。オリビアという少女は突然見知らぬ人物が現れたのにもかかわらず平然としている。ライフルをとらないということはこれが何かわかっていないのかもしれない。 やがていかにも長老の家、という感じの大きな建造物の前に来た。扉の前には屈強な男が二人、剣を腰に携えてにらみを利かせていた。 オリビアがわけのわからない言葉で見張りに話しかけた―おそらく長老にあわせてくれと言っているんだろう―10分ほどして3人は中に入ることを許された。 長いひげをはやしたよぼよぼの老人―それが物語の中だけの長老であることを彼らは思い知った。 大きな机の後ろに座っていたのはまだ50代にしか見えない健康そうな男性。その目は知性と自身にあふれていた。キープとケネスは館長も似たような目をしている、と思った。 「ようこそ、我々の村へ。私が首長のライだ」彼の英語は完璧だった。 「オリビア、君は出ていなさい」ライがそういって後ろにいたオリビアを退出させた。 ドレッドが代表して答えた。 「私はドレッド・ジョーンズ。貴方達の丁重なおもてなしに感謝する・・」 そういって握手をしようとしたが、にやにやしながらライが言った。 「そのような習慣はここにはないんでね」 ドレッドは出した手をおずおずと引っ込めた。彼に主導権を握られてはだめだ・・。 ライがさらに続ける。 「君たちの服装を見ると軍人のようだね。一人を除いて。ことによると合衆国海軍・・・」 その言葉に3人がいっせいに反応した。ケネスが思わず叫んだ。 「アメリカを知っているのか!?ここはどこなんだ?」 ドレッドがケネスを制していった。 「いかにも私たちはアメリカ合衆国海軍USS<ノーフォーク>の乗組員だ。ここはアメリカなのか?」 「まぁまぁ落ち着け・・・。おっと、座る許可を出すのを忘れていた。どうか座ってくれ」 3人は用意された木のいすに腰を下ろした。胸が高まっていた。 「おそらくこの村で君たちを理解できるものは私しかいないだろう。たとえば、そのライフルの意味を私しか知らないようにな」 ケネスが思わず自分のライフルを握った。 「だが君たちは突然私を殺したりしないと確信している。それが”読める”からだ」 3人ともライの言葉を理解できなかった。 「まぁいい。とにかく今日はこの村で一泊していけ。あと服も用意しなくてはならないな・・・君たちの服はここでは目立ちすぎる。それからしばらくしたら首都に向かってもらうことになるだろうな。それには従者を一人つけさせる」 キープが驚いていった。 「え、首都があるんですか。いったい・・・」 「今日はおしまいだ詳しいことは明日はなそう」 そうして彼らは屈強な護衛によって近くの宿まで送られていった。 [8]黒蜜 ドレッドは窓から見える真っ暗な森の景色を見ていた。広葉樹林が地平線まで続いている。 ケネスはここはアメリカかなんて事を聞いていたが、もしここがアメリカなら、こんな森は軍事施設になっているか核爆弾による焼け野原になっているだろう。 じゃあここはどこなんだ。こんな自然が残っているとすれば南米か、アフリカか。 「入ってもいいかしら?」 「ああ。」扉の向こうから聞こえたオリビアの声に答える。 入ってきたオリビアは真っ白なネグリジェに身を包んでいた。 「君もここに泊まるのかい?」 「私の家は村のはずれにあって夜は危ないから。」 「あの犬か?」ここの犬がどうかはわからないがオオカミは夜行性だ。 「ええ。あの犬は昼行性の群れと夜行性の群れがいて、夜行性のほうが感染度は高いの。」 やはりあの犬は狂犬病に感染しているのだろうか。しかし狂犬病の感染が重度になったからといってより凶暴になるわけではない。 「ドリッジっていうの。感染した犬は凶暴化して肉を求める。でも肉にありつけて肉を口にしたとたんに息絶える病気よ。ドリッジに感染した動物は群れを作って集団で狩りを行うの。でも感染方法はわかってなくて、かまれて感染しなかったり近寄っただけで感染したりいろいろなの。」 「・・・・・・」 「・・・って、長老が言ってたわ。」 ドレッドの視線を感じてオリビアは付け加えた。 「さて、じゃあ帰らせてもらおうかな。」 「もう少し待ってくれないか。」ドレッドはオリビアが扉に手をかけたところで引き止めた。 「君は昨日父親が死んだんだろう?どうしてそんなに普通にしていられるんだ?われわれとであったときはあんなに泣いていたのに、情報はきちんとこちらによこしてくれた。」 一瞬不意を突かれたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って、 「頭はいいほうなのよ。」と流されてしまった。 「じゃあ、明日長老が家まで来るように言っていたわ。」 「わかった。ありがとう。」 「いいえ。」 「あ、もうちょっと待って。」 またしてもオリビアを引き止めて言った。 「年上への言葉使いには気をつけろよ。」 「はいはい、ドレッド・ジョーンズ様。」 「やっぱりそのままでいいよ。」 ドレッドは苦笑しながら言った。 男が一人、電話で話している。 「俺だ。ああ、成功だ。ドレッド・ジョーンズ、ケネス・カートリー、キープ・ヴァリティーの3人だ。よろしく頼む。」 [9]麻偽 朝、ドレッド・ケネス・キープの3人は長老の家まで向かった。そこまで先導してくれたのは、もちろんオリビアである。相変わらず、彼女の英語は聞き取りづらかったが、ドレッドに限っては耳が慣れて、ほとんど聞き取れるようになっていた。 「それで、あなたは結局どこから来たの?」 ドレッドはちょっと詰まって、 「海を渡って来た。」 と答えた。 「ふ~ん。海ってどんなところ?」 オリビアの質問にドレッドは気付いた、この世界では海に"sea"という単語を充てないのだ。ここの言語は英語が主だろうが、やはりその土地によって同じ言語でも単語や文法は微妙に変えられる、アメリカとイギリスの英語が少し違うのと同じように。幸運にも、目の前は海だ。彼はオリビアに海の向こうを指差しながら言った。 「この向こうだ。」 結果、ドレッドは海に"sea"でなく湖と同じ"lake"の単語を充てることを知った。だが、その単語と引き換えに彼は一時的に大切なものを失った。 「この向こうだ。」 オリビアはその答えを聞き、一瞬ポカンとしたかと思うと、ドレッドを睨みつけた。 「"lake"の向こう?何言ってるの?」 ドレッドは単語を知ると同時に、オリビアの怒りの目に気付いた。 「私を子供だと思って馬鹿にしてるでしょ!!」 オリビアはそう言い捨てて早足で歩き始めた。 ドレッドは慌ててオリビアを追いかける。どういう会話が行われているのか、さっぱり分かっていない残り二人も、彼らの様子を見て慌てて追いかける。 「突然何だ!!」 ドレッドはオリビアに尋ねる。だが、オリビアは振り返ることなく足を進めた。結局、長老の家に着くまで、一度も口を利いてはくれなかった…。 長老は喜んで三人を迎えてくれた。オリビアは、案内をするとさっさとどこかへ行ってしまった。ドレッドは何が彼女を怒らせてしまったのかずっと悩んでいた。 「やぁ、座りたまえ。」 長老の声で我に返って、ドレッドも腰かける。すると、そこに三着の服が運ばれてきた。いずれも、あまりキレイな服とは言えなかった。なんというか、作りが粗い。 「こんな服で悪いが、これが町の生産能力で最もいい服だ。さすがに軍服で、ここを歩きまわってもらうのも困るのでね。」 すると三人は別室に移動させられ、そこでその服に着替えた。着て気付いたが、そういえば長老も同じ服であったことに気付く。 「それで、君たちに頼みたいことがある。」 「何でしょうか?」 「昨日、首都があることは話したね。そこで、今暴動が起こっている。死者は、ここ数日だけでも一万人を超えたという。そこで、援軍を送りたいと思うのだが、その役を引き受けてくれないかね?」 「用件は分かりました。ですが、引き受けるかはまだ決められません。」 「アメリカかね?」 「はい。」 「分かっている。だが、ここからアメリカに戻るのは容易ではない。とりあえずは、この件を収めてくれないか。」 「分かりました。」 ドレッドと長老が話している間、二人はただ圧倒されるばかりであった。 長老はドレッドに地図を手渡した。残り二人はあまり眼中にない様子だ。ドレッドが地図を見ると、あることに気付いた。表示されているものが、全て陸路であることに。そのことを長老に尋ねようとすると、先に長老が話しだした。 「それと、従者を付けると言ったね。」 長老がそう言うと、外から足音が聞こえ始めて、扉が開いた。そこにいたのはオリビアであった。 「首都に向かうまでに、幾度も文化の違いに出会うこととなるだろう。」 ドレッドにしか聞こえない小さな声でそう言うと、長老は奥へと下がっていった。オリビアは、まだドレッドの方を睨んでいた。 「"lake"の向こうには何がある?」 ドレッドはオリビアに尋ねた。 「何もないよ。それとも、あなたたちの架空の出身地があるとでも言った方がいいかしら。」 それでドレッドは理解した。ここでは、"lake"の向こうには何もないと教えられているのだろうということを。 だから、彼は言った。 「もし、本当に"lake"の向こうに何かがあったらどうする?」 オリビアはさらに真剣な眼差しを彼に向けた。 男が一人、電話で話している。前回同様、嬉しそうに。 「あぁ、全てが上手くいってますよ。 [10]蒼波 「まず君たちにはムー山脈を越えてもらうことになる」 ライが地図を指差しながら言った。この部屋には3人と、オリビア、ライ以外は誰もいない。首都までに一番大きな山だというが地図上で見る限り越えられない山ではないが・・・。 「街道が朽ち果ててしまっていて周囲に危険な生物が生息している」 ケネスが苦笑いをしながらライフルを掲げた。 「それを使うのはかまわんが私なら使用を控えるな。この世界では弾薬は手に入らないと思ったほうがいい」 そえに、とライが付け加える。 「街中でライフルは隠しておいたほうがいい。学者の連中に目をつけられるかもしれないからな」 オリビアはこの話を聞いてもまったく動じていなかった。それどころか呆然とどこかを見つめているだけだ・・・。 「そして君たちには剣と金(誰か設定してください;)を支給しておく。それと食べれる植物、動物手引きもわたしておこう・・」 「馬はないのか?」ジョーンズが聞いた。 「残念ながらこの村には私の馬しかいないんでね。君たちは徒歩で行ってもらうことになる」 「どれぐらいかかる?」 「さぁな。途中で君たちが怪物に囚われるかもな」 その答えに全員がむっとした。がライは何食わぬ調子で、中継地点の村【ベル】にいったらカーライルなる人物に会うこと、彼の支持に絶対従うことを告げて解散、ということになった。 帰り際、ライがジョーンズのもとによってきてきた。彼にだけ話があるようだった。ほかのものが出て行った後、部屋にはジョーンズとライだけがのこった。 「オリビアを絶対に守り抜いてくれ。絶対に死なせてはだめだ」 ライは「絶対」という言葉を強調した。 「それほどならあんたがいけばいいんじゃないのか?」 「いや、私にはここを統治する義務がある。それが使命なのだ・・」 「オリビアを守ればアメリカに帰れるんだな?」 「そうだ。いや、そう信じるしかない・・・」 ジョーンズは意味深な言葉に首を傾げたがやがて部屋から出ようとした。最後にライが付け加えた。 「それと、私はロシア第7親衛ロケット軍ライジミール・ニコライ大佐だ」 そういって敬礼をした。 男は椅子から立ち上がらず、ローラーを滑らせて衛星電話機のところへ向かった。 軍用のA-13衛星電話機は宇宙に点在する通信衛星を一般型のの倍近い速さで経由する。そのため男が待った時間は2秒ほどに過ぎなかった。 「コールサイン<エイリアン>、シエラ、7,5,6、ズールー・・・」 「コールサイン<エイリアン>、認証を完了。通信を許可する」 「ハーバーグ大佐を出してくれ」 一瞬間があり違う人物がでてきた。 「彼は作戦中だ。私が聞こう」 「いや、この任務に関する事項は彼でないと・・・」 「私はオリビア計画の副指揮官、US宇宙軍第6艦隊所属のマクレーン中佐だ。ところでそちらの楽園での生活はどうかな?」 彼は突然電話の相手がフランクになったのに驚いた。合衆国宇宙軍も捨てたもんじゃない・・。 「これが休暇だったら最高だね。君も一度地球にきたらどうかね」 「1億ドルたまったらいくとしよう。それで、報告とはなんだ?」 「オリビアが動き出した。偵察衛星の使用の許可を」 「あのCIAのオンボロを使うのか。軍も新しいのを飛ばせばいいものを」 彼が言うまもなく電話先の男が言った。 「使用を許可する。が・・・順調すぎないか?」 「ああ、私も驚いた。どうやら〔転送者〕があの村にまだほかにいるらしい。ほっておきますか?」 「当分はかまわんが、脅威になるようだったら始末しろ」 「ラジャー」 [11]黒蜜 「久し振りですね。」と、ケネスがうれしそうに言う。 「何がだ?」ドレッドが不気味がって聞く。 「隊長の剣さばきですよ。昔の訓練のときはよく相手してもらったものです。」 「へ~。お前ってそんなに実力あったんだ。」キープが言う。 「嫌味か。」 「まあ、ケネスの実力は確かなもんだ。こいつは大方の訓練で優秀だったからな。」 「そうだったんですか。」知らなかったという風にキープが言う。 村には小さな武器屋とドラッグストア、少し大きめの宿屋兼食堂がある。 「とりあえずだ。」ドレッドが切り出す。 「自分たちが元のアメリカに戻るには首都へ行かなければならない。それまでの道でいくらか戦闘があるだろう。オリビアを守りながら戦闘し、首都まで向かおう。」 「そんなに激しい戦闘は無理だけど、動物との戦闘なら私だって戦えるわ。」 そういって彼女は懐から刃渡り20cmほどのナイフを取り出した。三人は驚愕した。 「何でお前そんなもん持ってんだ?確かここの人間は・・・・」 「狩りぐらいはするわ。ここみたいに小さな村だったら蛋白質を取るには狩りをしなくてはやっていけないのよ。」 「はあ。」 土地に名前をつけないような人間が何故「蛋白質」なんて知っているんだろうか。 4人は武器屋に寄った。武器屋といっても、狩用のものしかないので、アメリカ軍が使うような高等なものはない。が、ドレッドは剣、キープは手甲、オリビアはナイフと、自然にみなが武器を持つ形となっては一人だけ素手で行くということはできないのだ。 「ケネスは銃での射撃と、潜水艇の操作が一番だが、それが使えないなら、どうしようか。」 「あ。」ケネスは弓を取り上げた。 「へえ、弓使う人初めて見た。」オリビアが見上げる。 「そういえばケネスは弓も使えたな。」 「ええ、まあ。」ケネスがはにかむ。 「これ、いくらだ?」ドレッドが店の店主に聞く。 「12000ヤヤだよ。」 「ヤヤ」というのがここの通貨なのだろう。ドレッドは所持金を確認する。 10000ヤヤ。足りない。あの野郎、ケチったな。 「さすがです!」ケネスが感激してドレッドに言う。 「昔警察にいたころにこんなことばかりしていたからな。」 ドレッドはケネスのライフルを店主に交換の品として渡した。どうせ後5発程度しか撃てないライフルより、木でできた弓のほうがここでは役に立つのだ。 店主に一例してから村を出ることにした。村を出る前に、ドレッドはオリビアに聞いた。 「本当についてくるのか?」 「長老に連れて行けって言われたんでしょ。」 「まったく態度が悪いというかなんと言うか。」 「久し振りだなあ。腕が鳴るな。」 そんな3人を見てキープがつぶやく。 何でこの人たちはこんなに楽しそうなんだ? 男が電話している。 「受信者3人と「√」が移動を開始した。」 「よし。計画道理だな。」 「そんなにうまくいくものなのか。ザルジュのほうとも連絡したほうがいいのではないか?」 「なあに。それは「√」が首都についてからだ。それまでは完全にここは別組織だ。」 「受信者が一人あの村に残っているようだが?」 「始末しろ。」 電話は切れた。 [13]麻偽 ドレッドが先頭を歩き始めて、その左斜め後ろにちょんとオリビアが付いて歩く。その彼女の後ろにキープとケネスがやや距離を開けて歩く。 「ドレッド隊長、あとどれくらい歩くんですか?」 キープがしんどそうな声を発する。こいつ、一度軍隊に入れた方がいいかな…。キープは料理員だからこの体力のなさは仕方ないといえば仕方ないのだが、こんな声を毎分単位で聞かされたら全員のモチベーションに関わる。 「中継地点の村、ベルまであと数日だって言っているじゃないか!!」 最初の晩、とある小さな村に着いたはいいのだが、宿屋に泊まる金がないことに気付いた。食料は数日分をもらっているので問題ないが、ケネスの弓のためにほぼ全額を使い切ってしまったのだ。 「すいません、隊長。」 「いや、それは仕方がないが。」 困ったことになった。このあたりには、凶暴なドリッジやその他の生物が生息していると思われるから野宿するわけにもいかないが、かと言って宿に泊まる金もない。 「どうにかして泊まれませんかねぇ?」 ケネスはオリビアの方を見て言う。それはそうだ、いざとなってもオリビアを野宿させるわけにはいかない。だが、こちらにはこれと言った交渉材料もない。剣、弓、ナイフといったものを金に換えるわけにはいかないのだ。キープの手甲は正直どっちでもいいのだが、さっきの一件で彼と不穏な空気が流れており、彼をお荷物扱いするわけにはいかない。それに加え、手甲に商品価値があるのか…怪しいところである。 とにかく、当たって砕けるしかない!!ドレッドは決心して、ここの村長の所へ向かうことにした。 「すいません。」 彼は一人の女性に声をかけた。 「もしかして、宿にお泊りですか?」 その時、ここが宿の前であることに気付いた。恐らく彼女は宿屋のおかみなのであろう。 「いえ、この村の村役場の場所をお聞きしたいのですか。」 おかみは表情を落とす。彼らが客だと期待していたのであろう。 「あっちの方向に進めばすぐです。」 「ありがとうございます。」 ドレッドは礼を言うと、さっとその場を離れ、言われた方向に歩きだした。 「さっきのおかみさん、かなり美人じゃなかったですか?」 あの一件以来、初めてキープが喋った。ケネスが彼を冷たい目で見る。 「何だよ!!そもそも、宿に泊まれないのはおまえが弓なんか買ったせいだろ!!」 「何だと女好き!!」 「何だよ浪費家野郎!!」 何だよこいつら…。ドレッドはそう思わずはいれなかった。 「ねぇ、いくつか聞き取れない単語があるんだけど、教えてくれない?」 「知らなくていいよ…。大したこと言ってないから。」 二人の口喧嘩に大した単語がでないまま、村役場に到着した。 …門前払いをされた。まぁ、ある程度予測はできたことなのだが。 溜め息をついて、役場から出ると、宿屋の方から悲鳴が聞こえた!! 「さっきのおかみさんの声!!」 キープが叫ぶ…あんな短い会話で何で覚えてるんだよ、こいつ怖い…。 キープは宿屋に一目散に走っていった。そして、ドリッジに襲われているおかみさんを見た。 「だ、誰か~!!」 キープは手甲をはめた右手でドリッジに殴りかかった。 「この度は命を助けていただき、誠にありがとうございました。」 おかみは深く頭を下げた。 「本当に何とお礼していいのか。しかし、今私の手元にはほとんどお金がありません。」 「では、本日ここにお泊めいただけませんか?」 「そんなことでよろしければ、喜んでお泊め致します!!」 おかみはもう一度、ドレッドに深く頭を下げた。オリビアとケネスは、ドレッドの後ろに並んで座っている。さらに、キープはその部屋の隅で気絶していた…。 用意された部屋でキープは目を覚ました。 キープはドリッジを倒そうとして返り討ちにあってしまい、それをドレッドが助ける結果となったのだ。 「頭が痛い…。」 キープは小さく呟いた。 「隊長、僕ってお荷物ですか?」 ドレッドは答えずに部屋を出た。 「僕、強くなります!!」 小さいけど強い声で呟いた。 [13]蒼波 ベルは最初に訪れた村よりもいくばくか大きな村だった。 中心を通る街道に沿って色とりどりの商店が並び、店主が大声で客を呼びよせようとする。小さな子供が大きな袋を持ってよちよち歩いている。昼間の大通りは活気に満ちていた。 「とにかく宿を探そう」ドレッドが疲れた顔で行った。野宿はもうたくさんだった。 一行―オリビア以外―は英語がいたるところで聞こえたので少しの安心感を得た。この村では英語を使っても違和感はないだろう。そもそも英語が使えなければすべてオリビアに任せるしかないのだ。 数10分後【ベル・ストリート】という中規模の宿の1室に腰を下ろした4人だが、この日は長旅で疲れ果ててすぐ寝たかった。事実、ケネスとキープは体を洗うとすぐにベッドにもぐりこんでしまった。 夜になりいくらか気温が下がってすごしやすくなる。部屋の窓からは大通りの明かりがはっきりと見えた。あの大通りは眠らないらしい。 オリビアが目をこすりながら言った。 「私はもう寝ますね」 「わかった」 「ジョーンズさんはどうするんですか?」 「私は昼間いけなかったところをあたってみようと思う」 「そうですか」 オリビアが寝たのを確認するとジョーンズは重い腰を上げた。 この村に来たのはカーライルなる人物を見つけるためだ。だが、どこから手をつけていいのかわからなかった。だが夜になれば探すべき場所がひとつある。酒場だ。 どの世界でも夜の酒場は情報交換の場所になっているだろう。 酒場を探しに行こうと宿を出たとき、一人の男がドレッドの肩に手をかけた。 「こっちにこい」 旧CIAの情報偵察衛星が二人の男の接触を確認した。その画像を受け取った男がすばやく電話機をつかみ、本部に電話をかける。 「こちら、<エイリアン>カーライルがドレッドに接触した、作戦を開始する」 「ラジャー」 [14]黒蜜 「誰だ?」そうだった。ここはどこかわからないということはなにが起こるかもわからないということだ。突然ここで殺されるということも有りうる。 「まあそんなに緊張するな。俺は・・・・・カーライルといえばわかるかな?」 「・・・!」 そうだ。カーライル。こいつだ。こいつを探していたんだ。 「俺を探していたんだろ。まあ中に戻れ。」 宿の1階のロビーにはまだ酒を飲んでいる輩はいたが、昼間に比べたら大分人は少なかった。 ドレッドとカーライルはロビーの1番端の二人用の席に腰掛けた。 「ライから言われてここまできたんだろ。ご苦労だったな。お前のことは聞いている。ずいぶんと偉い軍人さんらしいじゃねえか。確か名前は・・・」 「ドレッド・ジョーンズだ。」 「ああ、そうだ。ドレッドだ。ドレッド・ジョーンズ。まあとりあえずよろしく。」 「よろしく。」 「俺はカーライル。お前の世界の名前だったら、カーネリウス・ライジルって言うんだけど。 まあこっちの世界の名前の方が気に入っているからカーライルって呼んでくれ。」 「ああ、わかった。ところで、さっきこっちの世界っていわなかったか?」 「あ、そうだった。それを説明しにきたんだ。でもなにから説明したらいいか・・。」 「そんなに複雑なことなのか?」 「お前がお前の世界を産まれたばかりの赤ん坊に理解させるのと同じぐらいしんどい。」 「俺は赤ん坊か!」 「それに近いほど無知だ。」 言い返せなかった。 「俺の知っている範囲でだが、この世の中には2つの世界がある。お前たちが住む世界と、お前たちが今いる世界だ。」 「つまり、俺達がいるここは、世界中のどこでもない、別の世界って事か?」 「ありがたいね。物分りが早いって言うのは。んで、お前たちが住んでる世界をザルジュ、この世界をアトスって言うんだ。でも、世界の中に住んでいる人はもうひとつの世界を感じることもできないし、知らない。」 「じゃあ何でお前はそのことを知っているんだ?」 「いい質問!それを今から説明しようと思っていたんだ。さっき世界の中に住んでる人って言っただろ?その中にも例外って言うのがいて、もうひとつの世界があるってわかる人間がいるんだ。それだけじゃない。二つの世界を行き来することができるんだ。まあそこまでになるには相当力を持っていて、なおかつ訓練していなければならない。で、その訓練したやつらが俺見たいなやつ。そういう奴を集めて、二つの世界の調和を保とうって集団があって、それに俺は所属している。」 「その組織って言うのは?」 カーライスは胸から銀色のバッジを取り出して見せた。 「『キーペイド』。それが俺らの組織の名前。」 「だが、そのキーペイドに属してない人たちもいるだろう?」 「たいていはそういう力を持っている奴は自分の正義って言うのを持っているからキーペイドに入るんだけど、たまに極悪人が混じっていたりする。まあそういう奴はすぐにこっちの世界に来て死んじまうんだけどな。」 「大体読めてきたぞ。本来はそういう力をもっていないと世界を行き来できないのに何故か力を持っていない我々が世界に来た。そこでキーペイドが調べている、といったところか?」 さすがにこれにはカーライスも驚いたらしい。ただこっちを見ている。 「朝までかかると思ったけど、3時ぐらいには返せそうだ。」 「まだ11時なんだが。」あと4時間もしゃべるのかこいつは。 「さっきのお前の推理は9割9分9厘あっている。だが、ひとつ間違いがある。その行き来できる可能性があるものを『適合者』って言うんだが、その適合者がお前らの中に一人混じっている。」 「オリビアか?」 「いや、あの子については後で話す。その適合者って言うのは、」 カーライルは一息ついてから言った。 「お前だ。」 またしても男が電話している。 「カーライルと転送者が宿に戻った。」 「ああ、まあいい。とりあえず転送者が首都に着くのを4日遅らせてくれ。ただし、殺しはなしだ。」 「基本俺は平和主義者だから人は殺さん。」 「嘘だ。」 「まあいい。4日だな。」 「ああ。」 [15]麻偽 ドレッド達が漂流してきて、オリビアと出会った村を覚えているだろうか? その村にある武具屋―ドレッドが弓を買った店だ―で火事が起こった。 焼け跡には、黒焦げになった剣や弓がたくさんあった。 「あそこの店主さんはいい人だったのに、可哀想に。」 「貴重な金属が…もったいない。」 村中から様々な声が飛び交う。だが、誰もその焼け跡からあるものがなくなっていたことに気付かなかった。 少し村から外れたところ、一人の男が別の男にライフルを渡した。 「ずいぶん荒っぽくやってくれたようだな。」 「こそこそとライフルだけ盗むっていうのは俺のポリシーに反する。」 「まぁ、いい。ただ、ライに見られなかっただろうな。あいつだけは厄介だ。」 それは見覚えのあるライフルだ、当然である。これはドレッドが武具屋に売りつけたものだからだ。 「ライフルってのはな、連戦になると大したことない。運ぶのも大変だし、弾だって限られてくる。だが、一撃なんだ!!その一撃で一つの組織を潰す力を持っている。」 「彼らがライフルを手放すなんて愚かな行為に走ってくれて助かったな。」 「いや、ライフルを手放して弓に換えたこと、それはむしろ賢明な行為だ。だが、どんなにメリットの多い賢明な行為にも必ず何かのデメリットがある。それだけだ。」 ライフルを渡した男は彼のややこしい言い方に顔をしかめながら言った。 「ややこしいのは苦手だから、単刀直入に言わせてもらう。ライとやらを殺していいか?」 「駄目だ。おまえにやらせたら、村一つを完全に吹っ飛ばしてしまいそうだからな。」 ドレッドはかなり眠いのを堪えて目を覚ました。カーライルは結局、12時には彼を解放してくれた。だが、彼はそのあと、ほとんど一睡もできなかった。 起きたばかりにも関わらず、今にも眠りに落ちてしまいそうだ。彼は洗面所に向かい、バシャバシャと顔を洗う。 「おはよう。」 そして、声をかけてきたのはオリビアだった。 「大丈夫、だいぶ眠たそうだけど。」 「大丈夫だ。」 一言言って、彼女から顔を背けた。 「実はオリビアの正体は…。」 昨日のカーライルの言葉が頭から離れない。話している時の彼の表情さえもしっかり頭に焼き付けられている。 「本当に大丈夫?」 彼を覗き込むその瞳、そこから体の内部を辿っていけばある秘密を、彼女は知らないのだ。世界すらも揺るがす大きな秘密を。 「大丈夫だと言っただろう。」 少なくとも、まだ彼女には黙っておこう。いや、彼女だけでなくあの二人にも。自分が、『適合者』というものであるということも含めて。 「彼女のココにデータが詰まっている。」 そう言って、カーライルはこめかみを3回右手人差し指でコツコツとした。 「データっていうのは、記憶か?」 彼は大きくゆっくりと首を横に振った。 「彼女はそのデータを知らない。それに、俺が指したのは右のこめかみだよ。」 彼は今度は2回、狂わずに同じ場所をコツコツとする。 「彼女のこめかみに、チップか何かが埋まっているのか?」 彼はさっきよりも小さく速く首を振る。 「ここにあるデータはね。」 今度はこめかみに指をつけて離さない。 「とある組織が開発した、全く違うデータの収録の仕方をしていて、あの組織の機械を使わなくては取り出せないんだ。それに、そのデータは形を持たない。宿命づけられた人、つまりオリビアのこめかみから俺らには取り出すことはできない。」 「そんな厳重に収録されているということは、とても大事なデータなんだろうね。」 酒場に誰かが入ってきたことも気にせず、ドレッドはこう聞き返した。 「あぁ。あれはこの世界…いや、地球すらをも破滅させることができるような…。」 ドレッドの顔が真剣味を帯びていく、だが残念ながら彼の話はこれで終わりであった。 「ありがとうな。いい取引ができたよ。」 何の話だ?とドレッドに言う間も与えず、カーライルは彼に数枚のお札―この世界の通貨ヤヤである―を渡して逃げ去るように酒場を後にした。 ドレッドは地図を開いて、指を指しながら三人に進むルートを簡単に説明した。 「首都までは、あと三日ほどで着くそうだ。」 その時、ドアをノックする音が聞こえた。と同時に、一人の気弱そうな男がせかせかと入ってきた。 「ドレッドさんですね。実は、ちょっと隣町でちょっとした騒ぎが起こってまして、助けていただけませんか。四日ほどかかってしまうんですが…その間の宿泊費などはこちらが出しますし、報酬もたっぷり出させていただきます。」 男は頭を下げた。その時、さっきまでのせかせかした顔とは正反対の悪どい顔つきに変わったことになど誰も気付けなかった。 [16]蒼波 「何?なぜ俺がそんなことに首を突っ込まなくちゃいけないんだ?」 その男はまた普通の顔に戻って言った。 「あの・・・込み入った事情がありますのであちらのほうでお話できないですか」 その男はドレッドと二人きりで話したいようだ。 「わかった」 二人は談話室に行った。ソファーが2つ向かい合わせにおいてありその間に机がある、なんでもない部屋だ。 「お座りください」 ドレッドが座ると同時に、男は拳銃を出してドレッドに突き出した。 「動くな」 彼はこの種の事態に備えて訓練していたから動揺を表に出すことはなかった。だが、まんまと罠にはまった自分が情けなかった。 「オリビアという少女を渡すんだ」 「いやだといったら?」 撃鉄を上げる音がした。 ライはドレッドが出て行った後もいつもどおり村を管理していた。ライはあの日以来拳銃を机の上において作業をしている。何かいやな予感がするからだ。 夜になり、村のほとんどのものは眠っていた。村長の家の前を2人の衛兵があくびをこらえながら守っている。 直後、空気がシュっとすれる音がして二人の男が同時に倒れた。家の壁に血が飛び散った。 ライが拳銃を扉のほうに向けるのと男2人が部屋に入ってきてサイレンサー付拳銃を向けるのはほぼ同時だった。 「ほう、なかなかいい反射神経をしている。ロシア人にしては」 「君たちが誰かは知らんがすぐに出て行ってもらいたいね。あと外の死体も持っていてくれないか」 最初に話したのと別の男が言った。 「率直に言おう。我々はお前を殺す。お前がいくら反撃したところで勝ち目がないのは明白だ。男なら潔くあきらめたらどうだ」 しばらくの間、重苦しい沈黙が流れた。ライの銃を持つ手が汗ばむ。 「わかった。降参だ」 「よし、ものわかりがいいな」 ライは手を上げて銃を落とそうとした。 ライはすばやく倒れこむように横に飛びこんで右側にいた男―最初に話した男―に発砲した。銃弾は心臓を貫通し男は即死した。 同時にもう一方がライに向けて発砲したが銃弾は頭をそれ肺に命中した。ライは最後に死力を振り絞ってもう1人の男の頭を吹き飛ばした。 ライの命ももはや終わろうとしていた。ゴボゴボという音を立て血を吐き出す。 銃声を聞いた村人が駆けつけたところ、3人の男の遺体を発見することになった。 ジャンル別一覧
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